溢れる人の波。その中で、誰が避けているわけでもないのに、少しもぶつかられることなく立ち尽くす少女が、一人。
「…迷った……かも」
微かな声音は周りの雑音に負けながらもそう言った。













 『シャイン・マン+ティアーズ・ガール』
















 きょろきょろと辺りを窺い首を動かすたびに水色の髪がふわふわ揺れる。だがどれだけ目を凝らしてもさっきまで一緒に居た背の高い少女と眼鏡をかけた少女の姿はどこにも無くて、知らず腕に力を入れてぎゅうとぬいぐるみを抱きしめた。
 日曜日の街は悪戯に賑やかで正直言えばやかましくて、嫌い。でも隣にもみじや凪がいる時はその騒がしさも少し好きになれる気がして、それで猫湖は誘われてもNOとは言わなかった。
 だが一人きりとなれば話は違う。というか、本当についさっきまではちゃんと三人一緒だったのに。ああほんの一瞬でも足を止めてショーウインドウなんかに見入るんじゃなかった。
「もみじ…」
頼りになる友人の名を呼んでみるが、当然返事は無い。精一杯猫神さまを抱き締め、ゆっくりとだが歩き出した。捜さなければ。動いていなければ、苦しくて死んでしまいそう。
 一歩一歩噛み締めるようにゆっくり歩くと、当たり前かもしれないが周囲と歩調が合わない。一定量の人間が通る歩道ではいつの間にか流れが出来ていて、それに逆らうまではいかずともとりあえず外れている猫湖は少しずつ疎外されていった。
「あぅ」
忙しそうに早足で歩いていく女の人とぶつかって、少し車道側へ。女の人は振り返りもしない。眉根を寄せて、もうこれ以上力は入らない・というぐらいに猫神さまを抱く腕へ力を入れた。人を捜しているというのに、思わず俯いてしまう。

 ああ厭、厭だ厭だ厭だ厭だ苦しいの気持ちわるいのここから出して近寄らないで私はあなたたちなんか知らない知らない大嫌い。

 他の考えを締め出すように心中を呪詛の言葉で埋め尽くす。少しずつ自分の中そして周りの空気が落ち込んでいくような気がした。なんて根暗で気持ち悪い人間なんだろう、自分でそう思ってまた落ち込む。
 周りが見えなかった。さっきの女の人よりずっとずっと急いでいて、全速力で走っているサラリーマン風の男がこちらに来ているのも、見えなかった。
 どんっ。酷い衝撃が来て、きゃっ・と悲鳴を上げる。その時にはもう足は一歩も二歩もよろめいて車道まで出た後だった。
(危な――…)
頭の中だけで警鐘が鳴らされる。でも猫湖に出来ることなど無い。不意の恐怖にすくんで、咄嗟に歩道に戻ることも出来ずぎゅっと目だけ瞑った。


「…あっぶねっっ……!!」


少々太い声。常日頃ならやかましい声・と敬遠しそうな類の声だった(今の猫湖にはそんな余裕は無い)。
 ただ、吃驚して硬直した。声と一緒に聞こえた耳障りなタイヤの摩擦音、そして五月蝿かったエンジンが少しずつ鎮まる音。ゆっくりと目を開ける。
 第一印象は、明るすぎて目に悪そうな色合いの人間、だった。
「オイオイおじょーちゃん、いきなり車道出て来るなんて危なすぎんじゃねェの?」
真っ赤なヘルメットを外すとますます派手な金色をした髪の毛がぴょんと飛び出してくる。浅く日に焼けた手がオレンジ色のゴーグルを上げた。覗く瞳はどこか赤みを帯びて見えて(赤と黄色しか持たないのかこの人物は)。
「ま・いっか。ケガ無ぇ?一応ちゃんと避けたはずだけどさ」
「……無い、かも。」
「かも?…あるかもしんねーの?」
「ち、違…口癖……かも。大丈夫です…ごめんなさい」
とりあえずどう見ても真面目な世界に生きている人間ではない、完璧に染め上げた髪で原付を乗り回すような人物だ。あまり長い間関わり合いたく無かった、恐かった。慌てて謝り、ぺこりと丁寧に頭を下げる。お願い関わらないで、そう祈りながら。
「…いや、そんな真剣に謝られるほどのことでもないけどよ。でも危ないぜマジで、なんでこんなとこから出て来たんだよ」
「……人に、押されたんです、かも」
「ああ」
控えめに答えてみて、思い切り納得した感じの返事に少し自尊心が傷つく。何も自分で自分のコンプレックスを突付くような真似はしなくて良かったのに・と後悔した。猫神さまの頭に口まで埋める。相手はそんな猫湖の心中には気付くはずも無く、けたけたと明るく笑って、
「おじょーちゃん、小っさいもんなー。何、親とはぐれた?」
そこで、ただでさえ八の字になっていた猫湖の眉がますます傾いたのに男は目を丸くした。そしてか細い、少々不機嫌の色をにじませた声が言葉を紡ぐ。
「…私、高校生かも……これでも。…おじょーちゃん、なんて、やめてほしいかも……」
「……」
驚きから、しまった・という顔へ。相手の表情が瞬時にくるくると変わったのを見て、鼻まで猫神さまに埋めた。ああだから厭なの知らない人と喋るなんて、誰かたすけて誰か、もみじ凪ちゃんもみじもみじ。
 考えているうちに胸の奥から寂しさと僅かな恐怖がこみ上げてきた。ぬいぐるみを抱く腕にぎゅうと力を入れてみても変わらない。苦しい、怖い。今更、さっき轢かれそうになった恐怖まで戻ってきたようだった。知らず、体が小刻みに震えだす。
「……も、み…」
「へ?……え゛ぇ!?」
微かに漏れた猫湖の呟きにきょとんとした男は最初に間抜けた声を出して、それから間を置いて酷く驚いた様子で叫んだ。それは単純な驚きの声というよりは、僅かに戸惑いと焦りを含んだものであった。

 彼の目線の先。

 白い柔らかそうな頬を伝う、ひとしずく。

 どうやらそれが彼の当惑の原因らしかった。酷く慌てた感じでわたわたと言い重ねる。
「ちょっ…なんだよ、なんで泣くんだって!!おじょーちゃんとか言ったのそんなに気に障ったんなら謝るからよ!?」
「…違う…かも。あなたは関係ない、です……なんでもないです…」
「なんでもないってこたぁねーだろ!な、頼むってホント、泣くのはやめて…俺弱いんだよこーゆーの」
「?」
きょとんとして小首を傾げる。最初は恐そうに見えた顔が、本気で困っているみたいにきゅっと歪んでいた。少し親しみやすそう、な、ような。
「乙女の涙ってーの?…あんたみたいな可愛い子にさ、泣かれんの、苦手なんだって。どーすりゃ良いか分かんなくなっちまう」
「……」
まぁるく目を見開いた。見た目と相反してどこか素直で優しい言葉に、警戒していた心がゆるゆると融けていく。その様子を見てとったのか、すまなそうにしながら彼は笑った。少しほっとしたように。
「…ほんと、悪かった。背ぇ小っちゃい上にぬいぐるみなんか抱いてるもんだから、てっきり小学生ぐらいかと思った」
少しは遠慮してものを言え。心の中だけで文句を言う。彼は気付かない。
「でも、よく見りゃそれなりに大人びたカオしてんもんな。こりゃ俺の不注意だ」
…はぁ?心の中で聞き返して、そして顔に出した。怪訝そうに目を見開き、相手の赤っぽい瞳を見る。その目は丸くはないけどあたたかい。
「おじょーちゃ…じゃなかった。えーと…、…お嬢さん。コレいい?」
「……べつにいい…かも」
「ぃやった!」
ガッツポーズを決めて、にっと笑う。
「じゃ、可愛い可愛いお嬢さん。これから俺とどっか行かね?この“仏倒れ”でピーッと絶好調に面白ぇとこ連れてってやんぜ!」
びっくりして固まる。なに?もしかしてナンパというやつか?さっきあれだけしおらしく謝った後でナンパ?ホントもうなんなのこの人っていうかホトケダオレって何、もしかしてこの原付?とりあえずそれだけつらつらと考え上げた後で、一応冷静に考えてみる。そして結局首を横に振った(そのわずかな間を迷いだとはあえて呼ばない)。
「…友だちが…一緒、なのかも……。捜さなきゃ…」
「あ?あー、そなの?…ん〜……」
てっきり引き下がるのかと思ったら、少しの逡巡のあと、彼はぱっと顔を輝かせて言った。
「じゃ、今度でいい!そっちの都合良い時でいいからよ、一回付き合ってみてくれや」
「…、ぇ……」
言葉に詰まり、立ちすくむ。見上げた相手の顔は期待に満ちていたが、その表情にも声にも決して押し付けがましさは無かった。多分、ここではっきり断れば彼はそうしつこく言い寄ることもなく諦めてくれるだろう。

 なのに即決できない自分が居る。

 困って、戸惑って、思わず目線を下ろした。茶色く目に馴染む猫神さま。心の中でそっと問う、わたしはどうするべきですか?
 返事は当たり前といえば当たり前だけど自分の声。『迷い無く断れないということは断ることにためらいがあるということでしょう?』。そう、自分は確かに躊躇っていた。
 ゆっくり顔を上げる。自分を見下ろしている人はどこまでも派手で色鮮やかで、普段なら気に入る類の人間では無いけれど今目の前に居る人はそんなに厭じゃない気がした。

 長く躊躇って、そして。

「…はっきりは、言えないけど……でも、もし今度気が向いたら、連絡しても良いかも」
細い声で、だが最後までちゃんと。言って、頷いた。赤みを帯びた目がきらきらと嬉しそうに輝いたのが見える。こんな曖昧な返事なのに、“気が向いたら”なんて怒られるかと思ったのに(それでも口にする自分もどうかと思う)、そんなに嬉しいのかな。だが余計に彼の人の好さが見えた気がして、微笑う。彼は気付いていない様子で意気揚々と喋り始めていた。
「やっった――!!じゃあ携帯教えて…、あ、ってか、ヤベっ忘れてた!名前は?お嬢さんの名前!」
「……猫湖…です。猫湖檜…」
「へー、ねここ?かわいー名字だなー、ひのきって名前も可愛いけどさ」
「……」
少し頬を染めて俯いた猫湖に少し笑って、それから「俺は小饂飩。小饂飩勇」と自分の名を告げた。にっ・と今度は顔いっぱいに笑う。
「番号とメルアド交換したらさ、猫ちゃんの友達、一緒に捜してやんよ。仏倒れに乗ってりゃすぐだって、大丈夫大丈夫。ちょうどダチ用のヘルメットもう一つあるし、猫ちゃんも乗ってみ?ぜってー楽しいから!」
楽しそうに話す小饂飩を見つめ、軽く頷く。出逢ってからまだたったの十分かそこらだというのに随分気を許せている自分に自分で驚いていた。でも浮かべるのは微笑。唇が形づくるのは、ほほえみ。


 涙はとっくに乾いていた。












                                         ---------------End.
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 あっははは小饂飩×猫湖ですこんなの妄想してんの絶対私だけです マイナー(ていうか捏造)にも程があんだろ!(汗)
 いや、小饂飩さんのプロフ見てたら「苦手なもの」の中に「乙女の涙」ってあるのを見てですね、「誰か女の子が泣いちゃってオタオタする小饂飩って面白くない!?」と一人で盛り上がり一気に書き上げてしまいました;; 調子よくって軽そうに見えるけど根は優しくて男気のある彼が大好きです(笑) で、相手役は誰だ・と考えてみたんですけど…凪さんは泣くより先ににっこり微笑ってくれる人だし、もみじは泣くようなキャラじゃないしで。他マネはもちろん可愛いとは思うんですがあまりネタが出ないんですよね;ってことで、結構泣きやすそうなキャラの上に私的ツボの一つ「でっかい男+ちっちゃい女の子」というのをちょうどよくおさえてくれる猫湖嬢に白羽の矢が立ちました。でもそしたら予想以上に可愛い〜この二人!シリーズ化したりしたらマジですいません(ぉぃ

 タイトルはかなり適当。というか、書き上げてみたら意外にキーワードらしいキーワード無くってタイトル思いつかなかったんです; で、苦し紛れにつけてみた。小饂飩はすっごい明るいしシャインマンってことでー、猫湖嬢は泣くヒロインてことで選んだんだしティアーズガールでいいや(文法なんて気にしてません ズを入れたのも意味はなく単に語呂がよかっただけです(ぉぃ))、と。すいません。ノリで見てください(ぇ)

 仏倒れの描写は原付なんてさっぱりな私にとって非常に難しい、っていうかめんどいものだったんですが、どうしても休日の小饂飩さんにはつけてあげたかった・つけてみたかったので頑張ってみました。原付のヘルメットって普通のバイクと同じ??(ほら無知) 個人的イメージで原付もヘルメットも真っ赤だといいなーと思って。。服は黒系かな。プロフじゃ明らかにユニフォームのアンダーシャツっぽかったんで何着るんだかよく分かりませ…(汗)


 ああやばい、子熊に次ぐイチオシカプになるかもしんない(ぇぇぇ)